これは、
しつけのつもりだった。

そう思っている人にも、
読んでほしい話です。

 しつけと虐待は、時に紙一重のように語られます。 でも、その二つを分けるものは、はっきりとあります。

・・・

 しつけは、教えることが目的です。 年齢や状況にあった伝え方をし、 できなかったことより、次にどうするかに重きを置きます。 そこには、恐怖ではなく、理解を促そうとする姿勢があります。

 虐待は、支配や発散が目的になっています。 伝えたい内容よりも先に、怒りや苛立ちが出てしまう。 相手を萎縮させることで、その場を収めようとする。 そこにあるのは、教えるための言葉ではなく、 力の差を思い知らせるための言葉です。

・・・

 一つ、目安になる問いがあります。 「相手は、あなたを恐れているか。それとも、あなたを信頼しているか」。

 叱られた後も、相手があなたに話しかけてくるか。 失敗を、隠さずに話せる関係か。 それとも、あなたの機嫌を損ねないことが、 相手にとって一番大事な行動基準になっているか。

 後者だとしたら、それは、しつけではなく支配です。 「しつけのつもり」だったという言葉は、 あなたの意図を説明はしても、相手が受けた影響を消すことはできません。

・・・

 もし今、思い当たる場面があるなら、 それに気づけたこと自体が、すでに意味のあることです。 次にどうするかを、ここから考えていけます。

 相手があなたを恐れているなら、
 それは、しつけではありません。