あの時、目をそらした。

それだけのことが、
ずっと引っかかっている人へ。

 誰かが傷つけられているのを見た。 でも、体が動かなかった。 声をかけられなかった。 その場を立ち去ってしまった。

 それから何年も経つのに、あの光景だけがふと蘇ることがあると思います。 「あの時、何か言えていれば」。 その後悔は、今もあなたの中にあるのではないでしょうか。

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 人は、大勢の中で誰かが困っている場面に出会うと、 かえって動けなくなることがあると言われています。 「誰かが助けるだろう」「自分が出て行ったら次は自分が狙われる」。 そう感じてしまうのは、あなたが冷たいからではなく、 多くの人に起きる自然な反応です。

 それでも、その説明だけでは気持ちが晴れないことも分かります。 理屈では納得できても、 「それでもあの時、自分は何もしなかった」という事実は残るからです。

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 一つだけ、はっきりさせておきたいことがあります。 見て見ぬふりをしたことと、傷つけたことは、同じではありません。 あなたは加害者ではありません。 ただ、その場にいた一人として、何かできたかもしれないという思いを、 今も抱え続けている人です。

 その後悔は、消さなくていいと思います。 無理に「仕方なかった」と片づけてしまうより、 その後悔を、次に何かが起きた時の力に変えていく方が、 ずっと意味があるはずです。

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 もし、あの時傷つけられていた人と今もつながりがあるなら、 今からでも、一言かけることはできます。 「あの時、何もできなくてごめん」。 それだけでも、相手にとっては、 自分が見えていなかったわけではなかったと分かる、 小さな意味を持つかもしれません。

 そして、もし次に同じような場面に出会ったら。 その時のあなたは、もう一人ではありません。 相談できる窓口も、味方になれる場所も、探せば必ずあります。

 あの時動けなかったことは、変えられません。
 でも、次にどうするかは、まだこれから選べます。